「理」とは、ものごとの「ことわり」のこと。
大元の理を「原理」ともいう。
理科の「理」は、この「ことわり」のこと。
宇宙や世界で起こっていることの「ことわり」を学ぶ学科を「理科」という。
理系の「理」も同じ。
現象の背後にある「ことわり」を知ることを大切にする人を「理系の人」と呼ぶ。
であれば、世に「文系」の学問に進む人も、「ことわり」を知ろうとしている。
結局は「理系」になる。
ものごとの「ことわり」を知ろう、全体像を学ぼう。
そうする人たちは、すべて「理系」である。
では、「ことわり」はひとまず置いておいて、知識や情報を詰め込もうとする、というやり方は、「理系」でなければ「文系」なのか。
そういうことはない。
非「理系」と呼ぶのが正しいだろう。
「理系」でないもの、である。
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昔、大学の恩師が学生に向かって「へりけい」と曰った。
「へ」は「屁理屈」の「屁」である。
生きる戦略としては、そういう立ち位置もある。
この頃、そう思うようになった。






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