物は、数えるときに、それ自体の意味を失う。
本が一冊、本が二冊、と数えるとき、その本自体の内容は考えられていない。
それがどのような本か、という部分まで考えると、その本はそれ一冊である。
たくさん製本されているものでも、装丁や印刷の乱れだったり、紙の質だったりに、どうしても違いが出てくる。
それぞれが違う本だということは、なによりも、それぞれの本が別の位置にあるということ。
まったく同じ位置にある二冊の本というのはあり得ないのだ。
なので、同じ本というのは二冊存在しない。
別の本が、それぞれ一冊ずつあるというのが正しい。
それでも、本を数えることはできる。
そのときは、それぞれの本の違いを無視している。
数えるとは、それぞれの本の違いを無視する行為でもある。
これは、他の物を数えるときにも同じ。
たくさんのものがある、とは、それぞれの違いを無視して、その量だけについて言っていることになる。
数えるとたくさんある、違いが無視されたもの。
それぞれの価値が忘れられている、たくさんのもの。
そういうものに囲まれた生活が、豊かだろうか。
数に置き換えられた物、数値で多さが判断される物。
それぞれには、個性がない。
それぞれに、大切な思い出がない。
それよりも、一つきりでいいので、とても嬉しかったことを思い出させてくれる物。
それに触れると、優しい気持ちになれるもの。
それを読むと、明日もまた生きようと思える言葉に出会える本。
自分にとって、それ一つきりというものが、自分の手の届く範囲に、いくつかある。
そういう状態に、豊かさを感じられるのではないか。
そういう物に囲まれた日々が、豊かなのではないか。


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