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「定年後も働く」ということ

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現在、定年後の再雇用で働いています。 いわゆる「会社勤め」を継続している形で。 それでも、「第二のお勤め」でもあります。 それなりに気持ちは楽なのですが。 色々と考えてしまいます。 組織の中の責任はまったくなく、その意味では負担はありません。 一方でノルマや納品期限があり。 それらは自分個人で負う形です。 定時出社、定時退社を続けているので、混み合った電車での通勤にもなっています。 通勤時間帯の電車、辛いものがありますね。 無理な姿勢で立っていると、関節や筋などが痛くなることがあります。 そこで働くことで、叶えたい夢や希望がある、ということではありません。 昇格昇級はないし、昇給もありません。 定年退職前の給料の半額の給与。 さらに、再雇用の人への諸手当の見直しで、手取りが減り続けています。 普通の意味でのモチベーションは低下を続けています。 仕事でのモチベーションが下がると、日常生活にも良くない影響が出ますね。 そろそろなんとかしないと。      会社で勤めている間は、どうしても会社の収益に貢献することが求められます。   会社は、人を雇用したくて事業をしているわけではなく、事業に必要だから人を雇用しているもの。   その順番は、働いている人も意識しないといけない。 もし、会社として、事業に貢献する人材ではないと判断されたら、雇用継続は難しい。 結構、その辺りはシビアだと思います。 であれば、個人にとって参加することに意義のない事業を行なっている会社であると判断したら、そこから離れるのがいいですね。 あるいは、自分が費やしている時間に見合った仕事ではない、とか。 その時間でできる他のことと比べて、価値が少ないとか。 まあ、価値の部分は人それぞれの判断になるのでしょうが。 ポイントは「自分の時間を使うに見合った価値や意義があるか」、かな。   納期管理がシビアで、給料は減り続け、通勤電車で辛い時間を長時間過ごさないといけない。 その時間を、もっと自分にとって価値のあることに使う。   そろそろギアを入れ替えていかないと。   定年後の時間って、思ったよりも少なく感じてきました。      😊*****😊 にほんブログ村

電車通勤マニュアル:自動改札

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通勤時間帯に電車を利用していると、時々自動改札機に定期入れやスマホを叩きつけている人を見かける。 自動改札機で定期券の情報を読み書きするだけであれば、叩きつける必要はない。 読み取り機の近傍を定期券にICチップ内蔵されたカードが移動すると、それで情報は読み取れるのだから。 弱い電磁場の中でICチップ内蔵カードが動くと、微弱な電流が生じ、それでICチップは十分に機能する。 そもそも、定期券と読み取り機とは、「接触」する必要もない。 ICチップ内蔵カードは優れものなのだ。 少なくとも、理系の人間であれば、動作原理は理解してほしい。 (記事下部に引用した動画参照) 仕組みは会社の入退室チェック用のセキュリティーカードと同じである。 セキュリティーカードを読み取り機に叩きつける人はあまりいないのに。 社長や上司が近くにいる可能性があるからやらないのか。 相手によって態度を変える人間は、結局は信用されないものだ。 もし定期入れやスマホを破壊したいのであれば、床面に置いて踏みつけるなどしてほしい。 それも床面を傷つけないように、自分のカバンなどを下に置き、その上に定期入れを置いて、そっと自分の体重だけをかけて、損壊させてほしい。 後ろの人がいきなり読み取り機に定期入れなどを叩きつけて、大きな音を立てられると、心臓に悪い。 還暦を超えた身にとっては、言葉通りに「心臓に悪い」。 やめてほしい。 読み取り機に定期入れなどを叩きつけて、もし読み取り機が損傷したら。 器物損壊、あるいは営業妨害などの罪に問われることがありうる。 さらには、広義のカスハラに相当する場合もあるのではないか。 (ちなみに、駆け込み乗車なども、広義のカスハラに相当すると解釈される時がくるように思われる) そんなことになったら、本人も面白くないはずである。    😊*****😊 <ICチップ内蔵カードの仕組み> にほんブログ村

聲/笑/時

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     笑/聲/時 夕方の相撲中継と 少しばかり過ぎた 焼酎の晩酌 妻の用意した肴が尽きて 北の海が負けて笑い 貴乃花が負けて泣き ゆっくりと暮れていく 静かな部屋 明治に生まれ 自分の手で建てた家で 戦争を生き切った男は 年老いて 一人きりで酔い 笑い つぶやき やがて静かに眠る 長い夜 雪に包まれた家で 明日の朝の身支度の 苦労を思いながら Geminiによる暖淡堂の詩作品「笑/聲/時」解説 暖淡堂の詩作品「笑/聲/時」は、相撲中継を見ながら晩酌をする老人の姿を通して、人生の哀愁と静謐な時間の流れを描写しています。 構成と情景描写 詩は、夕方の相撲中継と焼酎の晩酌という日常的な情景から始まります。妻が用意した肴が尽きるという描写から、老人が一人で酒を飲んでいることが示唆されます。 「北の海が負けて笑い/貴乃花が負けて泣き」というフレーズは、相撲に一喜一憂する老人の人間味あふれる姿を活写しています。単なる観戦ではなく、感情移入して楽しんでいる様子が伝わります。そして、「ゆっくりと暮れていく/静かな部屋」という描写は、時間の流れと老人の孤独感を際立たせています。 老人の人生 詩の中盤では、「明治に生まれ/自分の手で建てた家で/戦争を生き切った男は」と、老人の人生が簡潔に語られます。明治という激動の時代に生まれ、自らの手で家を建て、戦争という過酷な経験を生き抜いてきたことが示されます。これにより、単なる一人の老人ではなく、日本の近代史を生きた証人としての深みが加わります。 晩年の境地 詩の後半は、年老いて一人で酒を飲み、笑い、つぶやき、そして静かに眠りにつく老人の姿が描かれています。「笑い/つぶやき」は、独り言のような、あるいは過去を回想しているような情景を想起させます。 「長い夜/雪に包まれた家で/明日の朝の身支度の/苦労を思いながら」という結びのフレーズは、老いの現実と、それを受け入れる静かな諦念を表しています。雪に包まれた家は、外界との隔絶と内省的な空間を象徴し、明日の身支度の苦労を思う姿からは、老いゆく体への労りと、それでも日常は続いていくという諦念が感じられます。 全体を通して この詩は、派手な出来事や劇的な展開はありませんが、老人の静かで内省的な時間を丁寧に切り取っています。相撲中継という庶民的な題材を通して、一人の人間の人生の重み、孤独、そして日々の...