「たそがれ清兵衛」 藤沢周平 読むたびに…
こんにちは、暖淡堂です。
入院して療養中だった父が亡くなりました。
それで急遽帰省しました。
葬儀では施主としての役割を担うことになっていました。
なので、ゆっくり読書をする時間はないだろな、と思って。
一冊だけ、荷物に加えることにしました。
それが藤沢周平作品の「たそがれ清兵衛」。
海坂藩を舞台にした、隠れた数人の剣客をそれぞれ主人公にした短編集です。
手元にあるのが平成17年(2005)1月15日の57刷。
これまで何度も読み返したので、表紙の、ちょうど指の当たる部分が柔らかくなっています。
表題作の「たそがれ清兵衛」は、同じタイトルで映画も作成されているので、そちらでご存じの方も多いかと。
映画はいくつかの作品のエピソードが組み合わされているので、本作を文章で読まれると、別の作品として読めることに気づかれるかと。
この本、読むたびに違った気づきがあります。
もちろん、そうだったのか、と前回読んだ時に見逃していたディテールを見つけるということは多々。
最近は、すっかり記憶力が衰えているので、読むたびに未読の作品と出会うようで、それはそれで経済的な効果もあるのですが。
そうではなく、今回気づいたこと。
それは、どの作品も等しく、傑作だと思えるようになった、ということ。
これまでは、いくつかの作品は最初の一読で傑作だと思いました。
表題作の「たそがれ清兵衛」、「祝い人(ほいと)助八」の二作品は初読後から大好きでした。
今回読み直して、その他の作品も、じっくりと味わえる、名作であると思うようになりました。
そして、どの作品も、その終わり方が秀逸であると。
以下は「日和見(ひよりみ)与次郎」からの引用。
藩内の派閥争いで失われた人々の仇を討ち取った後の、作品の最終部。
与次郎どの、と織尾が言ったように思った。今夜はずいぶんと手際のよろしいこと、お見事ですよ。見たのはわたくし一人…、二人だけの秘密にしましょうね…。
与次郎は歯を喰いしばって、寝静まった町を走り続けた。父があるときを境にみるみる老けたように、いま自分の若さが終わったのを感じていた。
「日和見(ひよりみ)与次郎」より、藤沢周平、「たそがれ清兵衛」、新潮文庫、p286
ちょうど父が亡くなって、自分が知る限りの父の生涯を振り返っていたところだったので、上の一文を目にした時には、いろんな思いが浮かび上がってきました。
「たそがれ清兵衛」の一冊。
読み返すごとに新たな味わいを楽しめるというだけではありません。
自分自身が乗り越えてきたいくつかのライフステージの意味づけを確認する上でも、導きとなる言葉が盛り込まれている作品になっています。