新百合ヶ丘は駅名である
「新百合ヶ丘」は地名ではない。小田急小田原線上にある停車駅の名称だ。もともとあった「百合ヶ丘」駅の隣にできたので「(新)百合ヶ丘」である。多摩線が作られなければ、「百合ヶ丘」の隣は「柿生」である。そのまま「パーシモン」である。
新百合ヶ丘駅の所在地は次のようになる。
〒215-0004 神奈川県川崎市麻生区万福寺1丁目18
住所に書かれる地名は「新百合ヶ丘」ではなく、「百合ヶ丘」でもない。「万福寺」である。都会的ではまったくない。古風である。むしろ狸が出そうである。
新百合ヶ丘は地名として機能する
駅の名称である「新百合ヶ丘」は、一方で、地域を表す地名として機能している。上の地図を見てほしい。「新百合ヶ丘総合病院」というのがある。これは駅に隣接しているのではない。
近くにはむしろ「麻生郵便局」や「麻生警察署」がある。なのに「新百合ヶ丘総合病院」である。
けっして「麻生総合病院」ではない。まして「万福寺総合病院」でもない。この病院名にしたら、医師のうち数名くらいは袈裟を着ていそうである。待合室では綱渡りをする茶釜が見られそうである。ある意味、ファンはできるだろうが、病気が理由で通う患者は減るだろう。
(別の意味で、病気は快癒するかもしれないが)
そして、近隣住民は「新百合ヶ丘総合病院」という名称に不思議さをまったく感じない。だいたいあの辺りまでは「新百合ヶ丘」といわれる地域であると認識可能なのである。
つまりは「新百合ヶ丘」を地域を示す名称と理解している。「新百合ヶ丘」は地名として機能するのだ。
近隣住民はまた「新百合ヶ丘」を、愛着をもって「新百合」と呼ぶ。「ヶ丘」が邪魔なのだろう。「ガオカ」という(濁)音が「新百合」を汚すとでも思っているのではないか。
新百合ヶ丘には美しいイメージがある
「新百合」は、美しいイメージがある。新しい百合である。「ニュー・リリー」である。あるいは「フレッシュ・リリー」である。綺麗なものしかイメージできない。
地図上に「平尾」という地名が見える。これは隣接する稲城市に属している。「平たい尾」である。「フラット・テール」である。なんだろうそれは。ビーバーか。ビーバーの尾か。
ビーバーはかわいいかもしれないが、美しさでは「新百合」の勝ちである。
「心の」新百合ヶ丘
それで、平尾に住む人たちは、友人などに「どこに住んでいるの」と聞かれると、こう答えるようだ。
「新百合?」
「?」は語尾を上げる感じである。
ニュアンス的には「新百合でわかる?」と言っている。
そこには、「新百合って言ってもいいよね」とか「あまり細かなところツッコまないでね」という、緩やかな同意を求めている心情がにじむ。
「平尾」の人たちは(心の)「新百合ヶ丘」に住んでいるのだ。
*****
多摩丘陵での新生活は、まずは住まい探しから。
*☺☺☺☺☺*
にほんブログ村
娘が新百合ヶ丘に住んでいるので、いろいろ興味深いお話でした。^^
返信削除